甘辛問答無味感想vol.24 | 旅するように和菓子と出逢う(旅わが)

旅と和菓子とミステリー

甘辛問答無味感想vol.242024.04.05

甘辛問答無味感想vol.24

福岡市の海岸で男女の遺体が発見される。

最初は情死と思われたが、

ちょっと不自然なところがある。

他殺ではないのか?

との疑いが生じて捜査がはじまる。

ところが、犯人と目された人物は、

男女の死亡推定時刻に、

北海道にいたというアリバイがあった。

それでも、刑事たちは捜査を続けて、

やがて時刻表に隠された

巧妙なトリックに気づくのだが‥。





春だというのに、

なにやら不穏なはじまりでごめんなさい。

これは、ミステリーファンにはおなじみ、

松本清張の名作「点と線」のあらすじです。

福岡と北海道、

直線距離でも2千キロ以上もあって、

うーむ、どう考えても、

同じ時刻に犯行現場に存在することは

不可能なのです。

しかし、刑事たちは日本列島を

南へ北へと移動しながら、

鉄壁の存在証明(アリバイ)を

突き崩していきます。

この小説に、有名な天才的探偵は登場しません。

刑事たちはひたすら歩いて、聞き込みを続け、

証拠に基づいた推理と

試行錯誤を繰り返すだけです。

「読者への挑戦状」も、

アッと驚く意外な犯人もありませんが、

それまでの推理小説にはない、

リアルな面白さに圧倒されます。





「点と線」は昭和32年に、

旅行雑誌「旅」に連載されていました。

戦後10年が過ぎ、日本人もようやく

旅行を楽しむ余裕ができた頃です。

新幹線はまだなくて、

飛行機は文字通り高嶺の花でした。

刑事が、飛行機の利用に

なかなか気付かないのですが、

時代背景を考えると無理からぬところです。

しかし、この部分を割り引いても、

この小説の面白さは21世紀の今も変わりません。





清張の小説は、

ミステリーとしての面白さだけでなく、

ロードノベル(道行の物語)としての

魅力もあります。

地図帳でお馴染みの帝国書院が出版している

「松本清張地図帖」を見ると、

清張ミステリーの登場人物たちは、

日本の津々浦々を旅しています。

清張ミステリーが優れているのは、

それぞれの旅が、

刑事と犯人の心情描写にもなっていることです。

刑事たちは、

都会から遠く離れた町や村を歩きながら、

犯人の動機と出生との関係や、

その裏にある社会的な矛盾にも思い当たります。

読者は、清張の小説を読むことで、

旅を疑似体験するだけでなく、

高度経済成長の時代に、

打ち捨てられたかのような

地方の実情を知ることになります。

昭和30年代は、

地方から都会に多くの人が

移住してきた時代です。

読者の中には、自分の人生を

重ね合わせた方も多かったでしょう。




日本には、鉄道の駅が

現在でも9,500ほどあるようです。

それらの駅は当たり前ですが、

線路によって繋がっています。

どんなに小さな駅でも、

その周辺には人が居て、暮らしがあります。

松本清張は小説の取材のために、

自ら列車に乗り、各地を巡っていました。

駅から駅へと鉄路を移動する中で、

いろいろな人生がつながり、

交錯する様を観察しながら、

次第に物語が

紡ぎだされていったのかもしれません。

そんな風に想像すると、

「点と線」という、

なんとも素っ気ないタイトルが、

想像以上に深い意味を含むように思えてきます。

さすがです。




さて、日本全国にある和菓子屋さんの数は、

NTTのタウンページによれば、

駅の数とほぼ同じの1万軒ほどあるそうです。

どうして、こんなにたくさんあるのかというと、

それは旅する人が多いからです。

というのは、私の勝手な推理ですが、

あながち的外れでもないような気がします。

時代劇で、旅人が峠の茶屋で

一服する場面がよくあります。

鉄道がない時代、旅というのは歩くものでした。

そんな、厳しくて辛い旅の途上で出会う、

お団子やお饅頭は、

今からでは想像もつかないほどの、

喜びだったのではないでしょうか。

町から町へ、峠から峠へと、

点と点を繋げるように歩いていく旅の中で、

お菓子は、次の目的地へと向かう力を

与えてくれる存在だったと思います。

人と人が行き交うところ、

そこには駅と和菓子屋が不可欠であったと、

私は考えているのですが、いかがでしょうか?




松本清張はお酒が苦手で、

大の甘党だったそうです。

出身地の北九州小倉にある和菓子屋さんの

栗饅頭が大好物だったそうで、

そのエピソードが

お店のCMにも使われていました。

前述のように、清張は小説の取材のために

全国を旅していましたが、

きっと、全国各地でおいしい和菓子と

お茶を楽しまれていたと思います。

ただ、頭の中では、

殺人を完全犯罪とする方法について、

考えを巡らせていたという疑いは拭えませんが。

甘辛問答無味感想とは