甘辛問答無味感想vol.21 | 旅するように和菓子と出逢う(旅わが)

善哉、善哉で、日々是好日

甘辛問答無味感想vol.212024.01.04

甘辛問答無味感想vol.21

年が明けて3日も経つと、

お正月のおめでたい気分は薄れてきて、

代わりに湧き上がってくるのが、後悔の念。

あー、今年もダラダラしてしまった、

あー、また、食べ過ぎてしまった‥

新年早々、箱根の山を駆け上がる

ランナーたちを横目に、

凡人の凡人たる所以を実感する瞬間です。



しかし、気にすることなんてありません。

お正月は何もしないことが正解なのだから。

掃除をしたり料理をしたりすると、

かえって福が逃げるそうですよ。

とは言うものの、

いつまでもお正月気分というわけにも行かず、

気ばかり焦ってしまうわけですが、

その点、日本のお正月行事が

本当にいいなあと思うのは、

三が日以降の行事が、

日常生活にゆっくりと戻られるように

組み立てられている気がすることですね。



例えば、1月7日の七草がゆ。

豊作や健康を祈りつついただくものですが、

軟らかいご飯が、ご馳走で疲れた胃を癒やし、

七種の野草のビタミンが体調を整えてくれます。



1月11日には鏡開きがあります。

お供えしていた鏡餅を小さく割って

いただく風習です。

カチカチになったお餅を、

おぜんざいに入れれば、

無駄なくおいしくいただけます。

おぜんざいは、小豆にポリフェノールが

豊富なので、

若返りも期待できそう。

「福を分ける」という謂れも気が利いてるし。



1月15日前後は

小正月(こしょうがつ)と呼ばれます。

旧暦では新年で最初の満月にあたります。

お正月に使用した縁起物や

お正月飾りを片付けて、

神社などで行われるどんど焼きで

燃やしてもらいます。

お飾りを神聖な火で燃やし、

満月の力によって浄化することで、

一年の災いが払われるそうです。

なるほど。




はい、こうして、

お正月の諸々のものはキレイに片付き、

気持ちとからだが日常に戻りました。

この流れが自然に感じるのは、

「始まり」と「終わり」が

つながっているからでしょうか。

つまり「始末」ですね。

始末というと、始末書なんかを連想して、

ドキッとしますが、

本来の意味は、

物事に締めくくりを付けることで、

関西では「始末の精神」として

大切にされています。

食材を無駄なく使い切り、

食べ残したものも形を変えて食べ切るのも、

自然に対する始末の精神の表れでしょう。

自然の循環性を意識して暮らすのが

当世風ですが、

伝統的な暮らし方の方が

徹底してますね。



ところで、

なぜ、小豆入りの甘い汁物を

おぜんざいと呼ぶのでしょう。

ぜんざいは「善哉」と書きます。

元は仏教用語らしく、

日本語では善き哉(よきかな)と読みます。

相手を褒める時の言い方です。

善哉、善哉(よきかな、よきかな)と

二度続けるのが基本だとか。

小豆汁をぜんざいと呼ぶようになった

起源は諸説ありますが、

一休さんがおぜんざいを食べて、

そのおいしさに「善き哉」と言った、

という説が私のお気に入りです。



新年早々、体重が急増したとしても

くよくよせずに、

善哉、善哉、日々是好日、

(いいね、いいねで毎日いい日)で

今年も参りましょう。







甘辛問答無味感想とは

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