甘辛問答無味感想 vol.34 | 旅するように和菓子と出逢う(旅わが)

カステラは和菓子か?

甘辛問答無味感想 vol.342025.12.02

甘辛問答無味感想 vol.34

以前から、心の片隅に引っかかっていたことがあります。

カステラって、和菓子なのか?







カステラの見た目は、

どうみても、お饅頭よりケーキに近いです。

そもそもポルトガル由来のお菓子ですよね。

でも、老舗のカステラはどれも、和の装いに包まれているし、

当「旅するように和菓子と出会う」でも、

ひとつのジャンルとして取り扱われています。

こういう時は、ネットで検索するのが一番。

入力「カ・ス・テ・ラ・は・和・菓・子?」

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AIがクールに答えてくれました。

「カステラは和菓子に分類されます」。

やっぱり、そうか。







今更なぜ、こんな、分かりきった前振りをしたのかというと、

『和の思想:日本人の創造力』(岩波現代文庫)という本が、

滅法面白くて、とても勉強になったのですが、

この本が「カステラは和菓子か?」問題から始まっていたからです。







著者である俳人の長谷川櫂さんも、昔から

「カステラは和菓子なのか?」と思っていたそうです。

そこで、ある時に和菓子業界関係者に確認したところ、

和菓子の定義が、

「江戸時代の終わりまでに日本で完成していたお菓子」

となっているが故に、

「カステラは和菓子に分類される」との答えだったそうです。

つまり、和と、そうでないものの境界が、

明治維新というタイミングにある、

そういうことなんですね。

境界線の引き方としては実に明快ですが、

しかし、それでいいのか?

そんなモヤモヤが

長谷川さんの中でずっと渦巻いていて、

いろいろ考察に考察を重ねた結果、

「和」とは、島国の歴史的遺産のようなものではなく、

もっと創造性に満ちた運動体なのではないかと思い至り、

「和の思想」として結実したというわけです。

曰く、「異質のものの共存こそ、和の創造力である」と。







「ちょっと、何言ってるかわからない」状態ですが、

私なりに要約すると、

和食、和服、和室などの和の様式が、

江戸時代の終わりで、バシッと切れているのは、

それだけ、明治以降の西欧化が急激だったことを意味しています。

そもそも、和というカテゴリーは、

西欧化が一気に進む中で、それまでの日本的な様式と

区別するために生まれたものです。

西欧化がなければ、わざわざ「和」でくくる必要ないですもんね。

やがて、西欧的な暮らしが標準になるにしたがい、

逆に和服、和室の方が珍しくなってしまい、

今では、「和」の方が特別なものになってしまったわけです。

実際、私の家に和室はないし、和服を着ることも稀です。

もっとも和食と和菓子は、よく食べてますけどね。







さて、ここからが本題なのですが、

長谷川さんは、江戸時代以前の和の文化も、

実はその大半が外来文化なのだと喝破します。

日本は島国であり、江戸時代に鎖国していたので、

日本の文化は、多くがオリジナルなものと錯覚しそうですが、

歴史をひもとくと、古代から大陸との交易や往来が頻繁に行われ、

鎖国時代も、結構活発に交易が行われていたようです。

ただ、日本の面白いところは、

外来文化をそのまま受け入れていないことです。

代表的なものが文字です。

元々、日本に文字はありませんでした。

そこに中国から漢字が入ってきました。

しかし、漢字をそのまま使うのではなく、

母語としての日本語に合うようにアレンジして、

仮名を発明して、独自の文字体系を確立しています。

その後、英語の影響を受けることになります。

それも巧みに取り込んで独自の外来語を生み出し、

見事に、日本語として消化吸収してしまいます。

この貪欲なまでの消化力が、和の創造力であり、

今も機能しつづけている、ということです。







カステラは、ポルトガルから伝来しました。

スポンジケーキによく似ています。

材料もほとんど同じです。

ふんわりと軽いスポンジケーキに対して、

カステラはしっとりとしていて、食べ応えがあります。

なんと言っても、カステラはそのまま食べるものです。

デコレーションしなくても、それだけで完成しています。

言い換えると、カステラは、長い年月をかけて、

日本人の味覚と、お茶に合うように、

独自に進化して来たということです。

そう考えると、カステラが何時代に渡来しようが、

正真正銘の和菓子と考えるべきなのだと、

ようやくここに来て、

私のモヤモヤもスッキリしました。







和の文化は、古いから貴重なのではありません。

長い時間をかけて独自に進化し、

21世紀でも十分に輝いているから、

海外でも評価されていると考えられます。

直線で構成され、すべての角が直角に揃えられた

長方形のカステラは、

バウハウス的モダンデザインのようですが、

いやいや、違います。

障子や畳に見られる、

日本人の合理性と美意識が結びついた、

和の美しさなのです。

シンプルな線で描かれた浮世絵や、

同じ構図を繰り返す静謐な小津映画が、

海外で賞賛され、多くの追随者を輩出しているのも、

日本的なエキゾチズムなんかではなく、

その美しさが本質的だからです。

私はそう考えています。

となると、私は、ここで反省しなくてはいけない。

何事も見た目だけで分類してはいけないということ。

カステラ問題は、日本人かどうかを、

肌の色や髪の色で決めるようなものですから。