甘辛問答無味感想 vol.33 ずっと、あんパンが好き

ずっと、あんパンが好き

甘辛問答無味感想 vol.332025.08.18

甘辛問答無味感想 vol.33

朝ドラ「あんぱん」を見ています。

やなせたかしさんの大ファン、

というわけではないのですが。

しかし、物心ついた頃から、

やなせさんはとても身近な存在でした。

子どもの頃に読んでいた絵本や学習雑誌に、

やなせさんの絵がいつも載っていました。

やなせさんの詩も読んだし、歌も歌ったし、

似顔絵のついたサインも好きでした。

やなせさんの絵を通じて、

いろんなことを学んだ気がします。

やなせさんは、

私の知的興味の原点なのかもしれないなあ。



◇



「アンパンマン」が、テレビで始まったのは

1988年、バブルの絶頂期でした。

日本がいずれ世界の頂点に立つと

錯覚していた時代でしたね。

多くの日本人が、私も含めてなんだか強気でした。

そんな時代に、アンパンマンはあえて

「弱いヒーロー」として登場しました。

当時、30歳を超えて、

公私共に多忙だった私にとって、

やなせたかしさんは、その時点では既に、

過去の人でした。

年齢的にも、

アンパンマンに関心を持つはずもなく、

そこはあっさり素通りしてました。



◇



ただ、ひとつだけ

心に引っかかっていたことがありました。

アンパンマンが、お腹を空かせた人に、

自分の顔を食べさせていたことです。

顔を食べられると、アンパンマンは力が弱ります。

食べられた顔は、

ジャムおじさんが再生してくれるわけですが、

自分の顔を食べさせるなんて、

私の感覚ではちょっと、不気味に感じました。

やなせさんは、

顔を齧られたアンパンマンをちゃんと描きます。

柔らかな漫画タッチですが、

ここだけ妙にリアルです。

「あんパン」なのだから食べられても平気なはず。

でも擬人化されているが故の

違和感がありました。

何も顔を食べさせなくても、

手に持ったあんパンを食べさせる、

というような設定でよかったのでは?

しかし、そんな私の違和感を超えて、

アンパンマンは

幼い子どもたちに絶大な人気を博します。



◇



それから、30年以上経過しました。

仕事を引退した私は、

妻につきあって朝ドラを見られる身分になりました。

朝ドラに触発されて私は、

すぐれたノンフィクションを発表し続けている、

梯(かけはし)久美子さんの

「やなせたかしの生涯」を読みました。

その中に、

アンパンマンが顔を食べさせる理由についての、

やなせさんの言葉が紹介されていました。

「正義を行おうとすれば、

自分も深く傷つくものだ。

でも、そういう捨て身、献身の心なくして、

正義は決して行えない」

顔を食べさせる設定に、

やなせさんの、正義に対する信念が

込められていたことを知りました。

やなせさんは、敗戦によって、

正義の意味が逆転した時代を体験しているから、

ヒーローに、軽々しく正義を行わせることに

抵抗があったようです。

顔を食べさせる設定は、

当時の関係者にも評判が悪かったと、

この本で明かされていますが、

やなせさんは、顔を食べさせることに、

こだわりを持っていたのです。

子ども向けだからと言って、

当たり障りのない表現を選ばず、

あえて心をざわつかせる設定にした。

そして、幼い子どもたちは、

それを素直に受け止めたのでした。



◇



大人に理解できないことでも、

先入観も固定観念もない幼児は、

素直に受け入れてくれます。

もしかすると、

お腹が空いたから顔を食べるという発想は、

幼児にとっては、当たり前のことかもしれません。

なぜなら、ちょっと前まで、多くの子どもたちは、

母親のおっぱいを吸っていたから。

アンパンマンの顔って、おっぱいに似てますもんね。

母親の無償の愛の象徴のようでもありますね。



◇



それと関係があるかどうか知りませんが、

私は、小さい時からあんパンが大好きでした。

おしゃれなクリームパンやメロンパンもいいけど、

あんこが何より好きな私にとって、

つぶあんが詰まったあんパンに

勝るものは、ありません。

丸くてふんわりしたあんパンにかぶりつくと、

幸せな気分になります。

あんパンは、目立たないけどずっとそこにあり続ける、

その安心感が、またいいですね。

幼い日に、いつも

やなせたかしさんの絵があったように。



◇



アンパンマンが大ヒットしたのは、

やなせさんが69歳のときでした。

それからさらに大活躍をされています。

実はわたくし、今年で69歳なんです。

本の表紙で笑っているやなせさんが、

そんなに落ち着いてて、どうするの?

そう言っているように見えてきました。