四角くおさまる
甘辛問答無味感想 vol.322025.07.30
「和菓子の箱に、宮殿はおさまるか」
今年の3月に出た、
松家仁之さんの小説
「天使も踏むを畏れるところ」の帯に、
こんなコピーが書かれていました。
宮殿というのは、
クレムリンでもクリムゾンキングでもなく、
皇居にある宮殿のことです。
え?宮殿?皇居に宮殿なんてあったかしら?
そう思ったとしても、無理ないかもしれません。
宮殿というと天高くそびえ建つ、
壮麗なものをイメージします。
たとえばタージマハールみたいな。
しかし、皇居にあるこの宮殿は
だいぶ趣が違います。
水平方向に広がる大きな建物ですが、
屋根の勾配が緩やかで、
君臨するような威圧感が微塵もなく、
手を広げて迎え入れてくれるような、
端正な佇まいです。
ちっとも宮殿らしくありません。
モダンでありながら日本らしい、
シンプルな美しさが醸し出されています。
「天使も踏むを畏れるところ」は、
戦時中に焼けてしまった宮殿を、
戦後に再建する物語です。
新宮殿が現在の形におさまるまでの
紆余曲折がていねいに描かれています。
日本は、敗戦により、
すべての価値観がひっくり返る、
歴史的大転換に直面します。
そんな中での新宮殿の造営ですから、
まあ、一筋縄で行くわけがないですね。
新時代の皇室にふさわしい宮殿とは、
どのような姿であるべきか?
その命題をめぐり、
建築家村井俊輔を中心に、
多くの個性的な人物が入り乱れ、
それぞれの視点から語られる、
群像劇でもあります。
上下巻で1,000ページ超、
全125章のボリュームは、
大河ドラマを通しで見たくらいの充実度でした。
主人公の村井俊輔は和菓子屋の子どもでした。
幼い村井は、贈答用の和菓子の箱に、
紙で作った机と椅子を置いて、
自分の部屋を想像する遊びが好きでした。
幼いながらも独自の美意識があり、
正方形を理想の形と考えていました。
しかし、店にある箱は長方形ばかり。
彼は、箱を切り貼りして正方形に作り直し、
理想の部屋を設計するのでした。
お菓子を取り合うことに夢中で、
箱なんて見向きもしなかった、
わが子ども時代とは、えらい違いだなあ。
やがて建築家になった村井は、
宮殿の配置設計でも、正方形にこだわります。
宮殿を構成する7つの建物を、
中庭を中心にして正方形に配置するのです。
宮中の公式行事を行い、
世界中の来賓を出迎え、
国民の一般参賀も受け入れるなど、
新宮殿は思いのほか多用途な建物ですが、
豊かな森林に囲まれた皇居の中に、
その正方形はとても自然におさまりました。
しかし、そこに至るまでの
人間の理想と面子と欲望が
ぶつかり合う修羅場は、
およそ美しい宮殿のイメージとは
かけ離れたものです。
その結果として、
村井俊輔は自らの矜持を守るため、
苦渋の決断をせざるを得なくなります。
宮殿を見事に、
正方形におさめてみせた村井でしたが、
造営に関わる奇奇怪怪な人間関係を、
丸くおさめることは、
うまくいかなかったようです。
「おさまる」には、
収まる、治まる、納まるなどの漢字があります。
それぞれニュアンスが異なりますが、
どれも本来あるべきところ、
あるいはあるべき姿に
落ち着く意味になっています。
和菓子が「収まる」ものなのだとしたら、
宮殿は「治める」ところ、と書き分けられます。
しかし、和菓子を美しく収められたとしても、
人を治めるのは難しいもの。
おもしろい小説の種は、尽きないようです。

