まんじゅうこわい
甘辛問答無味感想 vol.302025.02.20
今年は、元日から落語を聴きに行きました。
笑う門には福来ると言うくらいだから、
神社に行くより寄席に行く方が
いいのではないかと思って。
こういう考えは罰当たりですかね。
実は、我が家では
ちょっとした落語ブームなんです。
妻は毎月、寄席に通っています。
神戸には定席(じょうせき)、
つまり毎日落語が聴ける寄席があります。
いつでも気が向いた時に
落語を生で聴けるなんて、
なんだかすごく贅沢な気がしませんか。
お正月も休まずやっています。
あ、神社にも行きましたよ。
落語の後ですけど。
今のお笑いは漫才やコントが大人気。
圧倒的なスピード感とギャグ量が
人気の秘密なのでしょうが、
私などは耳が追いつかなくて、
置いてけぼりになることもしばしばです。
その点、落語は
制限速度を守ってくれる感じなので、
安心して聴けます。
そんなの、つまんないでしょ?
なんて声が聞こえてきそうですが、
そういう方々のために、小ネタを次々に繰り出す
ショート落語というのもあります。
一人で演じていても
笑いの量では漫才に引けを取りません。
落語の世界もタイパ、向上してます。
そもそも上方落語は笑わせてなんぼ、
という気概が、やっぱり強いですね。
落語は伝統芸能ということで、
私、ちょっとかしこまった印象を持っていました。
でも、それは昔の端正な名人芸ばかりを
テレビで見ていたからでした。
寄席に行くようになって実感できました。
落語は決して懐古趣味ではないし、
ましてやオワコンではないということを。
今でも日々更新され続けている、
正真正銘のどっこい生きている芸です。
さらに、関西はお客さんの側にも、
おもしろく聴こう、
盛り上げようという気風が満ちてます。
落語は一人で演じるから、
お客さんと向かい合う感じですよね。
腕組みして仏頂面で聴かれたら、
やりにくいですよ、きっと。
定席で毎日やっていることの意義も
大きいみたいです。
ご贔屓さんがついて、
一緒になって盛り上げてくれるので。
この一体感が、落語や演劇そしてスポーツなど、
生ものにしかない魅力というのは
間違いないです。
さて、数ある落語の演目の中で、
「旅わが」にふさわしい噺といったら、
それは何と言っても「饅頭怖い」でしょう。
好きなもの(この場合は饅頭)を
わざと「怖い、怖い」と言いふらし、
仲間たちのいたずら心を刺激することで、
逆に饅頭をいっぱいせしめるという噺です。
ご存じの方も多いと思いますが、
噺の後半では、
仲間たちが饅頭をたくさん買い集めて、
饅頭が怖いと称する男の家に行って、
家の中に饅頭をぶちまける場面があります。
「こんなに饅頭見せたら、
怖くて死んじまうかもしれんぞ」
「これがほんまの暗(餡)殺やな」とか言いながら、
自称饅頭嫌いの男の様子を伺っていると、
男はうまそうに饅頭を食べはじめます。
しまった、これは騙されたと気づいて、
「やい、お前が本当に怖いのは何なんだ」と聞くと、
「本当は熱いお茶が怖い」と
答えるのが落ちになります。
この噺は、
落語家によっていろんなアレンジがあるので、
それらを聞き比べるのも楽しいのですが、
饅頭を食べるところの仕草も見どころです。
ご存じのように、
落語は小道具を使わずに扇子と手ぬぐいだけで、
なんでも演じてしまうところが見どころです。
饅頭の場合は、まず饅頭をふたつに割って、
それぞれの餡のつまり具合を見比べるところとか、
饅頭を飲み込む時に、ちょっとだけ
喉に詰まらせたりする仕草がお楽しみです。
旅わが的視点でおもしろいと思うのは、
饅頭をパクパク食べながら、
饅頭の種類を言うところ。
酒まんじゅう、葛まんじゅう、栗まんじゅう、
唐まんじゅう、田舎まんじゅうなどなど。
次々に饅頭の名前が出てきます。
一体全体、どのくらい買って来たんだろ。
お金がないはずの長屋の住人が
こんなにたくさん買ってくるくらいだから、
お値段もお手頃で、
当時からよく売れていたんでしょうね。
なんだかお饅頭を食べたくなりました。
そんなお饅頭は今でも人気があるし、
日々新しいもの、
ユニークなものが登場しています。
落語も和菓子も日本の伝統ですが、
どちらもちっとも古くなってないじゃないですか。
太るからと饅頭を怖がったり、
たかが饅頭だなんて侮っているとしたら、
そっちの方が古臭いという話ですね。
本当に怖いのは、饅頭ではなく
「慢心」の方かもしれません。
というところで、お後がよろしいようで。

