甘辛問答無味感想 vol.29 | 旅するように和菓子と出逢う(旅わが)

誰も知らない

甘辛問答無味感想 vol.292024.12.26

甘辛問答無味感想 vol.29

知らない内に刷り込まれていた言葉たち

空に輝くお星さまをもぎとって、

フライパンでこんがり焼いて食べたら、

お腹をこわしてしまった。



いきなり、なんのことだと思われるでしょう。

これは私が気分のいいときに口ずさむ歌です。

歌詞をそのまま引用したいのですが、

おとなの事情でできないので、

歌詞の大意を記してみました。

歌のタイトルは「誰も知らない」。

こどもっぽい、ほら吹き話が最後に

「誰も知らない、ここだけの話」と

締めくくられるユーモラスな歌です。

これは今も放送されている

NHK「みんなのうた」の、

記念すべき第一回目の歌でした。

1961年のことで、私は5歳でした。

今でも4番まである歌詞をすべておぼえています。

そのくらいお気に入りでした。

そうそう、大切なことを書き忘れていました。

作詞は谷川俊太郎さんです。



谷川さんは92年の生涯で、

ものすごい量の作品を残し、

クスッと笑わせたり、

ドキッと驚かせたりして、

詩人という枠に収まりきらない、

言葉のアウトローだったように思います。

なぜアウトローなのかというと、

谷川さんにはボーダー(境界)がないからです。

谷川さんが遺したものは詩だけではありません。

絵本を作ってるし、映画の脚本も書いてるし、

海外コミックの翻訳もやってます。

アニメの歌詞を書くかと思えば、

校歌もたくさん作ってます。

広告コピーもありました。

その節操のない自由奔放さと

活動フィールドの広大さは、

もうアウトローとしか

言いようがないじゃないですか。

大人になってから知りました。

あれも谷川さん、これも谷川さんだったんだって。

その中に「鉄腕アトム」も

「誰も知らない」もありました。

私は、知らない内に

谷川さんの言葉を刷り込まれて、

大人になったのでした。

そういうところが私には、

「あんこ」のようだなと感じるのです。



谷川俊太郎があんことは、はて?



何物にも代えがたいこの幸福感

「和菓子とは小豆を使った

『餡(あん)』のおいしさです」。

これは和菓子職人の水上力さんが、

著書で語っていた言葉です。※

あんこはそれほど、

和菓子にとって重要な存在なのですが、

和菓子というと、職人の手技による

美しい色と形の方が

何よりも注目されるところでしょう。

そのおどろくべき表現力が、

世界的に高い評価を得ている要因です。

しかしその一方で、和菓子には

手づかみでかぶりつきたくなる、

大福とかあんころ餅のような

庶民的な側面もあります。

私はそっちの方が大好きでして、

家で作った不格好なおはぎだとしても、

あんこにかぶりつく幸福感は

何物にも代えられません。

なぜ、あんこを食べると幸せになるのか?

正確なところは分かりませんが、

幼い頃、あんこを食べた時に感じた

幸福な記憶が知らず知らずの内に

潜在意識に刷り込まれたからではないかと、

私は考えています。

ここに、60年経っても憶えている

谷川さんの気取らない言葉との近似性を

感じるというわけです。



最後に、当たり前の話ですが、

谷川さんの詩を楽しむためには、

日本語を読めることが大前提です。

翻訳されたら、言葉遊びの部分が

かなり失われてしまうように思います。

それを楽しめることがいかに幸せなことなのか、

お正月に彼の詩集を読んで、

しみじみと噛みしめてほしいと思っています。



※「和菓子職人 一幸庵水上力」淡交社